お茶の効用と健康
美肌・肌荒れ防止
お茶に含まれるビタミンCはシミ・そばかすの防止に効果があります。肌荒れの原因は主にビタミンCの不足が原因なのです。 タバコを吸う人は、体内にあったビタミンCがニコチンなどにより破壊されてしまいますので、お茶に豊富に含まれている ビタミンCが肌荒れ防止に役立つのです。
ダイエット
お茶はノンカロリーで砂糖もミルクも入れないため、いくら飲んでも太る心配がありません。 それにお茶に含まれるタンニンは、脂肪を分解する酵素の働きを強めてくれるので、脂肪がたまりやすくなるのを お茶が抑えてくれるのです。
食べ過ぎ・便秘
お茶に含まれる渋みの成分であるタンニンには、小腸の炎症を阻止し、消化を促し、痛みをやわらげる効果があります。 タンニンには、腸のぜんどう運動を盛んにする働きがあります。また逆に、お茶は下痢止めにも効果があります。
口臭防止と虫歯予防
お茶の抗菌作用により口の中で細菌がはびこるのを阻止してくれます。 お茶に含まれるサポニンの洗浄作用と脂をとる効果から口臭防止になります。 また歯を強くするフッ素が含まれており、お茶を飲むことで虫歯予防にもなるのです。
疲労回復
お茶に含まれたカフェインが、体の中にたまった疲労物質を外に排出して血液の循環をよくするので疲労回復効果があります。 疲れやすいとお悩みの方には、お茶を飲むのが一番簡単で、効果的でしょう。 またカフェインには脳を刺激して頭の働きを活発にしてくれる作用もあります。
ストレスに負けない
体には体外からウィルスなどの侵入を受けるとそれを防御しようとする働き(免疫機能)があります。 お茶には免疫機能の働きを強める効果があることが、実験などからわかっています。
三千家
茶の湯の大成者である千利休(せんりきゅう)の没後、 千家は2代・千少庵(せんしょうあん)、3代・千宗旦(せんそうたん)と続きました。
3代宗旦の三男である江岑宗左は、宗旦の隠居に伴い継嗣として不審菴を継承しました。 宗左は千家の直系を継いだわけですが、宗旦は屋敷の裏に今日庵を建てて隠居所としました。 宗旦の死後、今日庵を四男の仙叟宗室が受け継いで独立し、裏千家となりました。 また次男の千宗守が養子先から出戻ってきて別に一家を起こし武者小路千家となりました。 こうして表・裏・武者小路の三千家が成立したのです。
裏千家(うらせんけ)
門下生の数は公表されていないが、茶道諸流派中最大の流派で、茶道人口の過半数は裏千家門下であるとみられる。 「裏千家」の語は、家元とその家族らで構成される宗家を指すことも、 財団法人裏千家今日庵などの法人組織を指すことも、弟子・門下生を含む流派組織を指すこともある。 宗家は京都市上京区小川寺之内上にあり、表千家宗家と隣接している。 その茶室・今日庵(こんにちあん)は裏千家の代名詞でもある。 裏千家の名称は、表千家(不審菴)に対し、今日庵が通りからみて裏にある意。
表千家(おもてせんけ)
千利休を祖とする千家の本家にあたる。正確な門弟数は不明であるが、裏千家の半数程度であると思われる。 宗家は京都市上京区寺之内通堀川東入にある。 表千家という名は、表千家を象徴する茶室不審菴(ふしんあん)が裏千家の今日庵に比して通りの表にあることに由来する。 現在不審菴は財団法人不審菴が管理している。
武者小路千家(むしゃのこうじせんけ)または官休庵(かんきゅうあん)
官休庵は現在では、(1)武者小路千家の茶室を指す場合と(2)財団法人官休庵を指す場合がある。 宗家は京都市上京区武者小路通り小川東入にあり、この所在地が武者小路千家の名の由来である。
千利休
千利休(せんのりきゅう) 大永2年(1522年) - 天正19年2月28日(1591年4月21日)
中世末期、安土桃山時代の茶人。 何も削るものがないところまで無駄を省いて、緊張感を作り出すというわび茶(草庵の茶)の完成者として知られる。
幼名は与四郎(與四郎)で、のちに大徳寺の大林宗套より宗易(そうえき)の法名を受け、抛筌斎(ほうせんさい)と号した。 天正13年の禁裏茶会にあたって町人の身分では参内できないために、正親町天皇から利休居士号を授けられた。 「利休」の名はその人生の終焉での名乗りであり、茶人としての人生のほとんどは「宗易」として送っている。 1587年京都・北野天満宮における歴史的な茶会「北野大茶湯」を推進し、「天下一の茶匠」の名を不動のものとした。
茶人としての名声をほしいままにした利休であったが、1589年大徳寺山門の楼上に自身の木像を置いたことなどが 不敬不遜の行為としてとがめられ、1591年、秀吉の命により自刃した。享年70歳であった。 秀吉政権を裏で支え、また利休の最大の理解者であった丹羽秀長(秀吉の弟)の死による権力闘争に巻きこまれたとの説が有力であるが、真の理由は不明である。
利休の茶の湯は町衆の間に発達したわび茶の伝統を受け継ぎ、茶会と点前形式の完成、独創的な茶室と道具の創造、茶道の精神性の深化という面で現代の茶道の基礎をつくりあげた。
茶聖とも称せられる。 大阪府堺市宿院には利休の茶室跡と伝えられる場所があり、市の史跡として保護されている。 京都市上京区の晴明神社内に利休屋敷跡の碑が建つほか、堺の百舌鳥野に「もずの屋敷」、 京都五条堀川辺りに「醒ヶ井屋敷」、同じく東山大仏前に「大仏屋敷」、大徳寺門前に「大徳寺屋敷」、 大阪府島本町山崎に「山崎屋敷」を構えていたと伝えられる。 「利休饅頭」というお茶受けのお菓子が各地にある。
茶道とは
茶道とは自然体のままで季節感を大切にし「もてなし」と「しつらえ」を基本にした生活文化です。 亭主となった人は、まず露地(庭園)を整え、茶室の中に、掛物や水指・茶碗・釜などを用意して 演出の準備をしなければなりません。
これらはすべて日本の風土が育んできた文化的な結晶といえるものばかりです。 だから茶道とは「日本的な美の世界」だということができます。 そして亭主と客の間に通う人間的なぬくもりが重要な要素となります。それを「和敬清寂」の精神といいます。
和みの世界と物事に動じない心を生み出していくのが茶道なのです。 茶道とは、人と人との正しい距離を測る芸術として世界に誇ることのできる精神文化として 今や、日本文化を理解するうえで不可欠なものと言っても良いのではないでしょうか。
茶道の歴史
茶の大元に成っているものは唐の陸羽(? - 804年)の書いた『茶経』と言われています。 この本には、茶の製法、飲み方、歴史などが詳しく書かれており、まさに茶のバイブルと言える書物です。
日本に茶が入ってきたのは平安時代です。 平安時代に最澄や空海が中国に渡った遣唐使によって、唐代の茶を持ち帰ったのです。 しかし当時の茶は薬と考えられていました。
鎌倉時代になって臨済宗を伝えた栄西も宋代の茶を持ち帰っていますが、これも薬だと考えていました。 だからこそ栄西は『喫茶養生記』という本を書いているのです。 薬として持ち込まれた抹茶が、禅宗の広まりと共に精神修養的な要素を強めて広がっていきました。 さらに茶の栽培が普及すると茶を飲む習慣が一般に普及していきました。
室町時代になると、金閣を建てた足利義満や銀閣を建てた義政の時代に中国渡来の美術を愛玩する 唐物趣味の会所の茶が誕生しますが、精神性が重んじられることはありませんでした。 また、飲んだ水の産地を当てる闘水という遊戯から、闘茶という、飲んだ茶の銘柄を当てる一種の博打が流行しました。
八代将軍義政の時代に登場した村田珠光(1422-1501)は、唐物道具ばかりでなく、 和物といわれる日本製の茶道具をも併せて使用する草庵茶の湯を考案し、四畳半茶室も創り出しました。 そして茶会での博打や飲酒を禁止し、亭主と客との精神交流を重視する茶会のあり方を説いた精神的な茶の世界を考え出したのです。
この精神を受け継いだのが、 武野紹鴎(1502-1555)であり、さらに哲学的な思考性、美の世界を見極める審美性を加えて 草庵茶の湯をわび茶道として大成したのが、千利休(1522-1591)でした。
江戸時代初期までの茶の湯人口は、主に大名・豪商などが中心のごく限られたものでしたが 江戸中期に町人階級が経済的に豊かになると飛躍的に増加していきます。
他方でこのような遊芸化の傾向に対して、精神論が強調されるようになっていきます。 この際に大徳寺派の臨済宗寺院が大きな役割を果たし、利休流茶道の根本とされる 「和敬清寂」という標語もこの過程で生み出されました。
また幕末には、井伊直弼が「一期一会」の概念を完成させました。 各流派による点前の形態や茶会様式の体系化に加えて、こうした精神論の整備によって、 現在「茶道」と呼んでいる茶の湯が完成したのです。
明治時代になると、封建制度が崩壊し、各流派が財政的に困難に陥るようになります。 そのときの裏千家十三代円能斎鉄中は東京に居を移して茶道再興に努めました。 努力の甲斐あって有力財界人の関心を呼び、茶道を女子教育の必須科目として組み込むことに成功したのです。 このため茶道は、本来のわび茶とは別の「女子の教養」としての要素も獲得し、 今では美しい着物姿での華やかな茶会が当たり前になりました。 戦後は海外にも茶道は広まり、茶道の大衆化は世界的レベルとなっています。
岡倉天心がアメリカで『THE BOOK OF TEA』(邦題:『茶の本』)を1906年(明治39年)に出版紹介しました。 この出版は欧米文化人の関心を呼び、「茶道」を英語で「tea ceremony」というのも一般的になりました。
茶道具
扇子(せんす)
閉じたままで挨拶の時に使います。扇いではいけません。 扇子は客のしるしです。挨拶をする時、床や点前座を拝見する時は扇子を膝前に置きます。 茶道用の扇子は普通のお店で売っている扇子とは少し違います。 茶道具の専門店や、扇子の専門店で買うことができます。 流派によって形や種類が違います。
帛紗(ふくさ)
帛紗は亭主のしるしです。点前中には棗や茶杓などの道具を清めるために使います。 四角の絹の布で男性は紫、女性は朱色。
古帛紗(こぶくさ)
茶碗をのせたり、道具を拝見する時に用います。 帛紗の四分の一ほどの大きさの金襴や錦などの布。
懐紙(かいし)
菓子器からお菓子を取るときや、茶碗を拭くとき、汚れを拭いたりといろいろに使えます。 男性用は女性用より大きい。ただの白地のもの(利休懐紙といいます)のほかに、絵が書いてあるものや、 浮き彫りがあるもの、押し花や押し葉のあるものもあります。
菓子楊枝(ようじ)
お菓子を切って食べるときに使います。
白足袋(しろたび)
茶席に入るときに履きます。白い靴下で代用できます。
懐紙ばさみ
懐紙や他の道具を入れておく袋のようなものです。 留めるホックのあるものや、はさむだけのものなどいろいろあります。 女性用は華やかな色のものが多く、男性用は紫や灰色などの色が一般的です。
茶筅(ちゃせん)
緑茶(特に抹茶)を点てるのに使用する茶道の道具のひとつで泡だて器の一種。 抹茶を茶碗の中でかき回して、泡を立てるための道具。
茶杓(ちゃしゃく)
茶が入っている容器(棗や茶入)から抹茶をすくって茶碗へ移す竹のさじ。
茶入(ちゃいれ)
濃茶を入れる陶製の容器。
棗(なつめ)
抹茶を入れるのに用いる木製漆塗りの蓋物容器である。 植物の棗の実に形が似ていることから、その名が付いたと言われている。
炉(ろ)
畳の一部を切り開けて箱形にして、お湯を沸かす場所。
風炉(ふろ)
席上に置いて炭を組んで火をおこし、その上に釜を置いて湯を湧かす道具。
釜(かま)
湯を沸かすのに使う鉄製の器。
水指(みずさし)
湯の温度を整えたり茶碗をゆすぐ水や、釜に足すための水を入れておく器。
濃茶(こいちゃ)
多めの抹茶を湯で練る茶。ねっとりとしていて濃い。一碗を客がまわし飲みする。 抹茶(まつちや)のうち、厳重に遮光した古木の、柔らかい芽葉から製したもの。濃緑色で甘味がある。
薄茶(うすちゃ)
少量の抹茶に多めの湯でたてる茶。一般的によく飲まれることが多い茶です。一人ずつに点てられる。
掛物(かけもの)
床に掛けられる書や画などの掛け軸のこと。和歌や禅語、手紙といった文字や絵画など。
花入(はないれ)
花をいける器。花を飾るための入れ物。
茶を点てる(たてる)
茶道では、お茶は「入れる」のではなく、「点てる」といいます。 普通のお茶は茶葉を熱湯に浸して煎じて出すのに対し、抹茶は粉末にお湯を注いで茶筅でかきまぜます。
亭主(ていしゅ)
お客を招いて茶を点てる人。接待をする人。
水屋(みずや)
茶室に隣接する場所で、点前や茶事の準備をするところ。台所のようなもので流しや棚がある。
茶事(ちゃじ)
食事から濃茶・薄茶までの一連のおもてなしを通してお客さまをもてなす茶の湯に関する事柄、茶会のこと。\
行事(ぎょうじ)
茶道に関する様々なイベント、催しのこと。
利休七則
「茶道とは何ですか、教えてください。」
ある人が千利休にこう尋ねました。 それに対し利休は、
「茶は服のよきように」
「炭は湯の沸くように」
「夏は涼しく、冬は暖かに」
「花は野にあるように」
「刻限は早めに」
「降らずとも雨の用意」
「相客に心せよ」
この七則がすべてですと応えました。
すると尋ねた人は怒って
「その程度のことは、三才の子供でもわかっていることです。」
利休はすかさず
「わかっていてもできないのが人間というものです。あなたが本当にできるならば、私はあなたの弟子になりましょう。」
と言ったと伝えられています。
千利休は茶道に「和敬清寂(わけいせいじゃく)」という基本精神を解きました。 この言葉には「和しあう心、敬いあう心、清らかな心、動じない心」という意味があり、茶道は一服のお茶を通して、 その教えを心に刻む日本独特の「道」です。
また、「一期一会(いちごいちえ)」も茶道から出た言葉です。 人との出会いを一生に一度のものと思い、相手に対し最善を尽くしながらお茶を点てることを意味しています。
和敬清寂(わけいせいじゃく)
和敬清寂(わけいせいじゃく)とは、茶道において強調されている標語で、千利休が唱えたといわれています。 しかし、利休と同時代の確かな資料には見られないことから、学術的には利休の言葉としては認められていないようです。 「和」「敬」は主客相互の心得であり、「清」「寂」は茶庭や茶室に関連する心得。
「和」は同士がお互いに仲良く協調し合うということ。
「敬」は同士が尊敬し合うこと。
「清」は身も心も清らかに。
「寂」は普通ということ。どんな時にも動じない心を意味する。
茶道ではこれを基本に考え、お点前をする心構えを大切にしている。